苫小牧の境界

地理院地図を見ると、苫小牧の東部に市の境界線が途切れている場所があることに気付きました。安平町との境界、それと厚真町との境界の2か所です。

国土地理院の境界

国土地理院ウェブサイトの「平成29年 全国都道府県市区町村別面積調」の「北海道」を見ると、こんな記述がありました。

(胆振)苫小牧市、厚真町及び安平町は境界の一部が未定のため、参考値を示した。

やはり境界未定なんだね。

)厚真、安平と苫小牧の変遷(1/2)

苫小牧からの分村について、安平と厚真だけに着目して図にしました。「戸長役場」とは、Wikipediaによれば、明治時代初期に戸長(区・町・村に設置された行政事務の責任者)が戸籍事務などを行った役所のことで、現在の町村役場の前身にあたる、とのこと。

苫小牧市史・上巻(S50.3.31発行)によれば、広い範囲にわたる16の「村」を管轄する戸長役場が「苫小牧村」に置かれていました。鵡川などが独立して半数になった後、1897年(明治30年)には「厚真村」が単独で分かれ、さらに1900年(明治33年)に勇払村の早来地区と植苗村の追分地区とが「安平村」として独立分村したそうです。

その安平村独立のとき境界が定められ、大正になって正式な測量が行われましたが、1921年(大正10年)の苫小牧の大火で関係資料を焼失し、境界が現在なお不明のままになっている、ということです。厚真村についても、同じ火災で境界の資料を失ったのでしょう。

Googleマップの境界線

ところが、Googleマップを見ると境界の線が引かれていました。

)黄色の線が境界らしい。Googleマップに加筆

)安平町との境界の拡大、Googleマップに加筆

南に延長するのかと思ったら、ほぼ東西に一直線! 意外です。

)厚真町との境界の拡大、Googleマップに加筆

石油備蓄基地を分断し、情報収集衛星を運用する内閣衛星情報センター北受信管制局に近い東側を走っています。

これらの境界線が引かれた根拠は見つけられないのですが、北海道庁のウェブサイトにある「北海道市町村区域図」(平成28年4月1日現在)をよく見ると、Googleマップの境界線と同じところに線が引かれているようです(冒頭の図)。「仮」の境界線なのでしょうか?

「境界未定」ということは、関連する1市2町の言い分が一致していないということなのかもしれません。(でも、個人的興味だけで業務多忙のお役所に迷惑をかけてもいけませんので、問い合わせ等はしていません。)

1市2町その後

)厚真、安平と苫小牧の変遷(2/2)

その後、「村」が「町」になり、「町」が「市」になりました。「安平」は一時期、「追分」と「早来」に分かれたものの、平成の大合併で再び「安平」の名が戻ってきたようです。

そうそう、今年4月には12年ぶりという安平町長選があり、旧追分町出身と旧早来町出身の候補者の一騎打ちとなりました。苫小牧民報(2018/4/16配信)には、当選した新町長のこんな言葉が載りました。

「有権者から早来と追分で壁をつくっている時代ではないという声を聞いた。これからは私を支持してくれた人、そして相手候補に入れた町民全員も応援団にして安平を一つにしていきたい。力を貸してもらいたい」

つまり、合併して10年以上経っても一部には「壁」を感じている方もいるということのようです。他の都府県に比べれば歴史の浅い北海道ではありますが、開拓のご苦労やその他諸々の思い入れがあることは想像できるような気がします。

苫東

境界未定の場所は、苫小牧東部開発(苫東開発)地域内です。安平町との境界はおおむね湿地帯で、国指定史跡の静川遺跡もあります。また、厚真町との境界は苫東開発の「臨海低地部等」に当たり、既存の石油備蓄基地を通り、一部は優先的開発推進区域になっています。

)苫小牧東部開発新計画の進め方について【第2期】(平成20年12月17日、国土交通省北海道局)、参考資料2「苫小牧東部地域 優先的開発推進区域 概略図」より(部分)

この資料には、その対象期間はおおむね10年で、必要に応じた見直しを図ると記されています。今年、平成30年はちょうど10年目に当たりますので、苫東開発について何か新たな考え方などが出てくるのかもしれません。

苫東開発地域は、苫小牧市、安平町(早来地区)、厚真町の行政区域にまたがっており、国や道に加え、その1市2町が協力、協調し、連携して事業を進めていることでしょうから、境界問題については棚上げ先送りしておくことが賢明なのかもしれませんね。