樽前山で起きた航空事故 –目次–

— 目  次 —

  1. ヘルダイバー、山に衝突
  2. 霧をおして“神風”飛行場へ
  3. 飛行の経過、ラスの回想から
  4. 事故現場の状況
  5. 空襲の痕跡
  6. 事故の分析
  7. まとめ

はじめに

第2次大戦末期の1945年(昭和20年) 7月14日は、北海道に米軍機の空襲があった日です。カーチスSB2C急降下爆撃機(通称、ヘルダイバー)1機が、室蘭~苫小牧間の太平洋沿岸を攻撃中、樽前山に墜落しました。その飛行機には2名が搭乗しており、操縦士は即死しましたが後席の搭乗員は重傷を負いながらも生存していました。彼の名はラスムッセン、樽前山中で約2か月間を生き延び、終戦を迎えていた苫小牧で保護された後、母国に戻りました。

私がこの墜落事故を知ったきっかけは、苫小牧市立中央図書館で見つけた古い「航空情報」誌でした。1981年(昭和56年) 11月号の1冊だけが、苫小牧の郷土資料を集めた書庫に収められていたのです。36年以上前に発行された「航空情報」誌と苫小牧市にどんな関係が? その理由はページを開くと解りました。「続・第2次大戦航空史話(9) 樽前山麓に生きて ラスムッセンの生還」という、秦郁彦(はたいくひこ)氏の記事が掲載されていたのです。

身近な場所で航空事故があったことに驚き、事故の詳細を知りたい衝動に駆られました。このことに関する情報は意外にも多いようでしたが、それらの内容の根拠になっているのは、ほとんどが苫小牧市立中央図書館にある1冊の本であることが分かりました。

  • Chippewa Chief in World War II, The Survival Story of Oliver Rasmussen in Japan   by Donald J. Norton

ドナルド・J・ノートン著「第2次世界大戦のチッペワ族の英雄、オリバー・ラスムッセンの日本での生還物語」です著者が、事故から生還した本人のラスムッセン氏の口述録音から得た情報によりまとめたものです。すべて英文ですが、その一部(第3章)を苫小牧市在住の本間敏彦氏が「チッペワ族の英雄」として翻訳したものが、原本と共に図書館の書庫に並んでいます。本間氏は、ノートン氏の執筆に当たって樽前山の写真を提供するなど協力したのだそうです。

ネットや過去の新聞記事などから得られる情報の多くは、墜落後にラスムッセンが樽前山麓でいかに生き延びたか、あるいは事故の後に終戦を迎えた苫小牧市での住民との出会いを中心に描いているように感じました。それはそれで興味深いのですが、私は少し視点を変え、戦時中のことではあるものの撃墜されたわけではないので、単独の航空事故として当時の状況から事故原因に迫ることができないものかと考えました。

重要な情報の大部分は、事故機の搭乗員だったラスムッセンが述べたことがベースになっているこの本「Chippewa Chief in World War II」(以下、「CC in WW2」と略します)の内容に頼ることになりますが、事故機が飛び立った空母「シャングリラ」のアクション・レポートや他の参考となる情報なども交え、73年前の今日7月14日土曜日(その年も今年と同じ曜日並びでした)に何が起きたのかを考えてみます。

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