空で睡魔に?! 長野ヘリ事故

昨年3月に長野の山中に墜落したヘリコプター事故について、運輸安全委員会が航空事故調査報告書を公表しました。搭乗していた9名全員が死亡した痛ましい事故、その原因は「機長の覚醒水準が低下」という可能性を示しました。これは「居眠り」だったのか?

どんな事故?

2017年3月5日。この日は日曜日でしたが、救助訓練を行うため、13時33分、松本空港からヘリコプターが離陸しました。長野県の消防防災ヘリコプター JA97NAベル412EP型機です。機長が前席右側、整備士が前席左側、後部の座席を取り外した床に救助隊員7名の計9名が搭乗して塩尻市山上の離着陸場に向かう途中、13時41分ごろ、松本市の鉢伏山(はちぶせやま)北東斜面に墜落しました。

報告書によると、救助隊員のヘルメットに装着されたビデオカメラに、飛行中および事故時の映像と音が記録されていました。フライトレコーダー(FDRやCVR)が搭載されていない(搭載義務がない)機体なので、このビデオ記録が事故原因を探る客観的な証拠として重要だったようです。そこから分かったことは…

  • 山の稜線が見えており、視程良好だった
  • ほぼ水平飛行で鉢伏山に接近していた
  • 磁方位約150°(ほぼ南南東)、速度約100ノット(約185 km/h)
  • 高度は約1,740メートル(5,700フィート)
  • 姿勢と速度を維持したまま、標高1,740メートルの樹木に衝突した
  • 樹木に衝突するまで、異常をうかがわせる音は録音されていなかった

FDR: Flight Data Recorder)
CVR: Cockpit Voice Recotder)

飛行の状況

報告書から、主要イベントを時系列で書き出してみます。

  • 13:33 松本空港を離陸
  • 13:3x 右上昇旋回
  • 13:36 ビデオ撮影開始
  • 13:3x 高度5,700フィートでレベルオフ
  • 13:39 右水平旋回開始
  • 高度5,700フィート、速度約100ノットで磁方位約150°へ水平直線飛行
  • 13:41 樹木に衝突

報告書では高度をメートルで表しています。山の標高と比較するための配慮でしょう。でも当該機の高度計はフィート表示で、機長はフィートで考えていたはずです。報告書の「高度約1,740 m」は中途半端な数値で、この高度を維持して飛行…というのは不自然なので、「高度5,700フィート」と読み替えます。

また、報告書では単に「速度」とし、対気速度/対地速度は明記していませんが、一般には対気速度を意味すると思います(フライトプランでは巡航速度100ノット)

残されたビデオ映像に飛行中の計器が映っている場面があるので、これらの数値を割り出すことができたのでしょう。

)報告書4ページの「図1 推定飛行経路」を基に、やぶ悟空作成(国土地理院の地理院地図をベースに使用)

報告書では、「訓練場を右側に見て通過する飛行経路をとり、(41ページ)と分析しているので、緑色の破線を独自に推測して書き加えました。目的地の高ボッチ場外に着陸して救助隊員1名を下ろし、その後、訓練場に向かう予定でした。

この経路で飛行するには、高度5,700フィートから上昇して前鉢伏山付近を越えなければなりません。

)報告書10ページの「図4 事故現場」を基に、やぶ悟空作成(国土地理院の地理院地図をベースに使用)

事故現場付近の山の高さをイメージしやすくするため、標高50メートル毎に色分けしました。高度5,700フィート(約1,740 m)のままで最低安全高度150メートルを確保しようとすると、色を塗った標高1,600メートル以上のエリアに入ることはできません。機長席は右側なので、訓練場を右手に見ながら通過しようとすれば前鉢伏山上空付近を飛行することになり、高度2,000メートル、高度計では6,500フィート以上に上昇する必要があります。

上昇もせず、進路も変えずに水平直線飛行をしたのは、なぜ?

事故原因に迫る

直接の原因を、環境機体操縦という要素で考えてみます。

  • 環境:天候や視程などに問題なし(ビデオ映像、気象の記録などから)
  • 機体:ヘリコプターに問題なし(音響分析、エラーコード分析、エンジン内部調査などから)

そうすると、「操縦」を疑わざるを得ません。左席の整備士や後部の救助隊員らが事故に関わるような要素は報告書に見当たらないので、機長の操縦に着目することになります。

私が最初に疑ったのは、「インキャパ」です。インキャパシテーション:incapacitation、〔人から〕能力[資格]を奪うこと(英辞郎on the WEB)。単純に言うと、病気などにより飛行中に突然操縦できなくなること(飛行中の急性機能喪失)です。12年ほど前、巡航中のMD-11で操縦士が脳腫瘍のため突然意識を失い、硬直した足がラダーペダルを強く踏み込んだため機体が大きく揺れたという、インキャパ事案がありました。このヘリ事故の機長は、手術歴があり薬も服用していたそうですが、死因の調査やビデオ映像から、機長が「インキャパ」に陥った可能性は低い、とされました。

う~ん、じゃあ何があったんだろ…。現場に戻って Google Earthで見てみます。高度5,700フィートで山に接近していくと、どんなふうに見えていたのでしょうか?

)高度1,740 m(5,700フィート)から見た飛行方向と前鉢伏山

この高度では訓練場を確認するには低すぎ、進路も適切ではありません。目的地は右前方ですから、前鉢伏山の左(東)側を回り込むのは不自然です。

)高度2,000 m(6,600フィート)から見た飛行方向と山

高度を6,500フィート以上に上げると、進路を右にとって目的地に向かっても安全高度を確保できます。機長はそう計画していたのでは?

この付近から樹木に衝突するまでの時間は、100ノットの速度で30秒ほどです。高度を上げるには、もっと早くから上昇操作を始めるでしょう。

そうすると、可能性がありそうなのが「眠気」です。この日の午前中に救難活動で緊急運航を行い、正午から1時間の昼休みをとった後、訓練のための午後のフライトでした。風が10ノット未満で日差しがあって機内はたぶん暖かく、視程も良かったので緊張する状況ではなかったでしょう。昼食後の眠気は、授業中や仕事中だけでなく、車を運転していても単調な道路状況では起こりうることです。九州から沖縄に向かうヘリコプターのパイロットが、単調な洋上飛行で眠気に襲われる話は何度か聞きました。機長のホームグラウンドとも言える鉢伏山周辺での飛行ですから、一時的に睡魔に襲われる可能性はありそうです。運輸安全委員会は、これを「覚醒水準が低下した状態となっていた」可能性が考えられる、としました。

報告書の記述(48ページ)は、次のとおりです。


…、疲労や時差の影響でマイクロスリープに陥るなど機長の覚醒水準が低下した状態となっていたことにより危険な状況を認識できず回避操作を行わなかったことによる可能性が考えられるが、実際にそのような状態に陥っていたかどうかは明らかにすることができなかった。


もちろん、居眠りをしていた、あるいは眠気に襲われていたことを示す客観的な証拠は見つかっていないので、「原因を明らかにすることができなかった」で報告書をまとめることもできたでしょう。しかし、それでは再発防止を目的とする事故調査にはなりません。調査により分かったさまざまな事柄を総合的に分析した上で、確実な証拠はなくても可能性が高いと思われる事項を掲げる判断をしたものと思います。そのこと自体は、合理的な判断だと思います。

残る疑問

しかし、「疲労や時差の影響でマイクロスリープに陥るなど」には疑問を感じてしまいます。

疲労や時差の影響」:連続13日間の休暇の中で、10日間のフィンランド旅行から帰国したのが2月27日、翌28日には勤務し、3月1日・2日の2日間は休日でした。3日と4日通常勤務した翌5日の事故です。帰国後6日間を経ても、疲労や時差の影響が残っていたのでしょうか? 私自身の経験では、年齢と共に疲れが取れにくいとは感じますが、時差ボケがこんなに長く影響するというのはどうかな…。

マイクロスリープ」:報告書では、極短時間の居眠りで、自分では制御できずに軽いノンレム睡眠に陥る、と説明されています。私自身も運転中に経験したことがある数秒程度の眠りのことかと思います。Wikipediaでは「短ければ数分の一秒、長くても30秒程度」とのこと。これまで検討してきたように、機長が上昇を開始したり進路を変更すべき地点から、そうせずに山に向かって水平直線飛行を続けた時間は、少なく見積もっても30秒以上あったと考えられます。本人に自覚がないまま意識を喪失した「マイクロスリープ」の状態が、そんなに長い時間、続いていたのでしょうか?

報告書では海外旅行とマイクロスリープを結びつけたようですが、影響の度合いはそう大きなものではないような気がしています。極端なことを言えば、海外旅行に行っていなくても事故は起きたかもしれません。

報道では…

運輸安全委員会の報告書では、文献の引用部分以外に「居眠り」という表現は使われていません。「覚醒水準の低下」を、全国紙では「居眠り」または「眠気」と表現したようです。

  • 機長が一時的に居眠りか(朝日):機長が一時的な居眠りに陥るなど意識状態が低下したために危険を回避できず、墜落した可能性
  • 機長が一瞬居眠りか(読売):機長が一時的な居眠り「マイクロスリープ」に陥り、危険回避の操作が遅れた可能性
  • 機長、眠気の可能性指摘(毎日):男性機長(当時56歳)が、海外旅行による疲労のため瞬間的に眠気に襲われるなどし、危険を回避できなかった
  • 機長、眠気で注意力喪失か(日経):原因として機長が眠気に襲われるなどして注意力を喪失し、危険な状況を認識できなかった可能性
  • 機長、短時間居眠りの可能性も(産経):機長=当時(56)=がごく短時間の居眠り「マイクロスリープ」に陥った可能性を指摘

(いずれも、2018年10月25日の記事から抜粋)

おわりに

「居眠り」などと報道されると受け入れ難い反応も多いようですが、報告書を読んでみると、原因として考えられる、これ以上に可能性が高い要因は見つけられないように感じました。技術も意識も非常に高い長野レスキューの9名を失ったことは痛恨の極みですが、今年の8月にも群馬県の防災ヘリコプターの事故が発生し、5名の尊い命が失われてしまいました。原因はまだ明らかにされていませんが、まったく残念でなりません。

事故から得られる教訓を、必ず再発防止に活かさなくてはなりません。事故でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。

コメント

  1. イカゴロ より:

    いつもながら、”Google Earth”と”地形図”を加工した解りやすい解説画像には感服です。内容も”やぶ悟空さん”ならではの事故調深掘り記事かと思います。ますます自然災害が多くなり、防災ヘリの役目がより一層重要になってくる今般、乗員確保等この事故の教訓を活かすことが急がれそうですネ。

    • やぶ悟空 やぶ悟空 より:

      ありがとうございます。 再発を防ぐため、報告書にもありますが、まずは「ダブルパイロット制」が有効な気がします。このご時世で、使えるヘリ・パイロットを増やすのは大変でしょうが、1人より2人の方が確実に安全性は向上します。