三沢(3)、湖底の機体

三沢航空科学館には、十和田湖の湖底から引き揚げられた双発機が展示されているそうです。ホームページの写真を見ると非常に良く原型をとどめています。これはぜひ実機を見てみたい。よしっ、見に行くゾ!

事故の概要

この飛行機は旧日本陸軍の一式双発高等練習機で、1943年9月27日、秋田県の能代飛行場から青森県の八戸飛行場に向けて飛行中、何か不具合が起きたのでしょう、十和田湖に着水して沈んだ機体なのだそうです。昭和18年ですから戦時中のことです。

湖底にたたずむ写真を見て、あまりにきれいに残っているのに驚きました。かなり上手く不時着水したのでしょう。そして湖底の環境も幸いし、結果的に良い状態で保存されることになったようです。着水した機体から乗員4名のうち1名だけは救助されたそうですが、全員が助からなかったのは残念です。

▲十和田湖の湖底(左)と当該機のソナー画像(右)。説明パネル

飛行機の情報

この一式双発高等練習機は、事故の前年1942年に製造(製造番号:5541)された甲型で、操縦や航法の訓練用の機体なのだそうです。開発・製造は立川飛行機株式会社というところ。

全長:約12メートル
全幅:約18メートル
全高:約3.6メートル
自重:約3トン

引き揚げ

湖底に沈む機体の調査や引き揚げには、株式会社ウィンディーネットワークが大きく関わったそうです。同社のwebサイトの情報などによると、

  • 2010年夏、十和田湖の計測調査を実施。湖底に沈んでいる飛行機の形を確認
  • 2011年春、引き揚げを試みたがいったん中止
  • 2012年夏、再度引き揚げが行われ、9月5日に引き揚げ成功

webサイトにある「十和田湖調査に伴うムービー紹介」の映像などを見ると、湖底の機体は機首部に着水時のものと思われる損傷があるものの、胴体、両主翼、水平尾翼、垂直尾翼など、いずれも破断することなく、非常にきれいな状態で残っていました。

プロペラは、着水の際に水面を打って曲がっています。一般に、推力がある状態では前方に、推力がない状態なら後方にプロペラが曲がると言われます。この機体のプロペラは、左右ともにねじれて後ろに曲がっていました。エンジンは着水直前にはアイドル状態だったのでしょう。両主脚も着水時の抵抗を少なくするため、アップ状態だったようです。

両主翼にはスプリット・フラップがあり、吊り上げられた写真ではフラップが下がっていましたが湖底の映像ではアップ位置のように見えました。着水に備える減速のため、フラップ・ダウンにしそうなものですが…。水中の補助翼の舵面は両側ともアップ位置でしたが、水没時に動いた可能性があります。操縦室の横窓と天蓋が開いており、着水後の脱出準備をしていたものと想像できます。実際にここから脱出したのかもしれません。

▲吊り上げ計画の図面は当該機(甲型)と一部異なる。説明パネル

引き揚げの際に残念ながら胴体2か所が破断し、2基のエンジンが機体から分離したそうです。水中から引き上げることは、強度が残っている機体でも非常に難しいといわれます。69年間も泥や砂に埋もれた機体を損傷なく陸揚げするには時間やコストとの兼ね合いになり、ある程度は割り切ることが必要なのかもしれません。ただ、三沢航空科学館の展示では上手く修復されており、ご苦労が感じられます。まったく手を付けていない状態を撮影した水中映像は、大変貴重なものだと思います。

展示された機体

では、実機をじっくり見てみます。

▲用意されている写真撮影台から

▲操縦室の窓と天蓋

▲機首右側の点検扉から覗いた機内

エンジン

▲左エンジンとプロペラ、正面から

天風21型エンジン説明パネル(一部)

空冷星型9気筒エンジンの製造は「瓦斯電(日立航空機)」とされ、片隅に「資料提供:日野自動車」とあります。これらの関係は?

瓦斯電(ガスでん)とは「東京瓦斯電気工業株式会社」というガス・電気屋さんのことですが、軍用トラックや航空機エンジンも製造していたそうで、現「日野自動車株式会社」の前身です。1939年に日立製作所へ経営権を譲渡し、その航空機部門が「日立航空機株式会社」ということです。

展示されている左エンジンは非常にきれいです。これは日野自動車でクリーニングされたためで、一部に新造部品が組み込まれています。

▲左エンジンとプロペラ、後方に左主脚(格納状態)。手前に燃料タンク

左主脚から外されたタイヤの側面に、「ブリッヂストンタイヤ株式会社製 昭和16年10月製 960×350B高圧制動車輪 常用内圧3KG」とありました。

▲右エンジンとプロペラ

こちらが手を加えていない右エンジン。着水時には、左右両方のプロペラが低速で回転していたような曲がり具合です。

▲右エンジンのシリンダー

エンジン上部のシリンダーには錆びが目立ちますが、下部シリンダーはさほどでもないようです。泥か砂に半分埋もれていたからでしょう。

▲右プロペラのスピナー。先端のねじれたフックはエンジン始動用

▲右主翼。前縁の丸穴はピトー管の取付部

▲右主翼と補助翼

主翼前縁も翼端にも傷はありません。翼端灯も左右とも割れておらず、別に展示されています。補助翼(エルロン)をはじめ、昇降舵(エレベーター)や方向舵(ラダー)は羽布張りなので骨組み以外は消滅していました。

▲尾翼

▲左の水平安定板

前縁に衝突痕のような凹みが残っています。着水時に何かがここに当たったのでしょうか。引き上げの際にできた傷ではなさそうに思います。

操縦装置

▲操縦室内の計器板やシートは取り外して左主翼前に展示

計器の一部は別の棚に展示されています。

▲高度計。気圧設定は770mmHg(1027ヘクトパスカル)

▲パワーレバーなど

▲左席の操縦桿・操縦輪

▲エンジン操作台のプレート

  • 一式双發高等練習機用…
  • 第5541号
  • 昭和17年12…
  • 立川飛行機株…
  • 昭和17年12…
  • 昭和17年12…

と読めます。

おわりに

飛行中、不時着せざるを得ない状況に陥ったとき、山岳地帯では湖面への不時着水を選択する場合があります。そんな事故が起きることを想定し、水中からの回収について検討したことがありました。事故原因に迫るためには、機体全体の引き揚げが困難な場合でも、フライトレコーダー(FDRやCVRなど)だけは是非とも発見・回収してデータを取り出したいのです。

十和田湖から引き揚げられた航空機があることを知ったとき、そんなことを思い出しました。当時、国内の湖沼の水深も調べました。十和田湖は、青森県と秋田県にまたがる日本で3番目に深い最大水深320メートル以上の湖ですが、この一式双発高等練習機は幸いにも水深57メートル地点に留まっていたそうです。(ちなみに、我が家に最寄りの支笏湖は水深が約360メートルで国内2位の深さ、1位は田沢湖の約420メートルです)

ここ数年、海外の調査会社が海底に沈んだ古い船舶などを発見したというニュースを繰り返し耳にしています。費用はかさむものの水中調査技術の向上には目を見張るものがあるようで、そのおかげでこの飛行機がこうして再び人々の目に触れることになったのでしょう。

※ 写真はすべて、2019年3月15〜16日、やぶ悟空撮影

コメント

  1. アバター 清水 より:

    写真も説明も大変よくできてますね。(いつもですが)

  2. やぶ悟空 やぶ悟空 より:

    清水さん、ありがとうございます。三沢まで出かけた甲斐がありました。