アントノフが来るって?

ポーランドから日本まで、アントノフ An-2 が飛んできました。いよいよ日本へ渡る日は2019年6月28日、旭川空港に向けてサハリンを発ち、留萌上空まで南下したものの、突然Uターンしてしまいました。この旅はどうなった?

飛行機

冒頭の写真は飛来した当該機ではありません(Public Domain)が、Antonov An-2 という1940年代後半にソ連で開発された飛行機です。空冷星型9気筒レシプロ単発エンジンを搭載した複葉機という、見るからにクラシックな外観ですが、海外では今でもかなりの数が現役で飛行しているそうです。そして当該機がコレ!

▲アントノフ An-2SP-AOM(出典:facebook “AN-2 Lot do Tokio

日本に向かった An-2 の登録記号は「SP-AOM」、機体にはポーランド語で「WARSZAWA – TOKIO – WARSZAWA(ワルシャワ – 東京 – ワルシャワ)と書かれています。飛行クラブに放置されていた機体を2年以上かけて修復・整備したそうです。この古い単発機でヨーロッパから極東の日本を往復するンですか? 命知らずというか、もの好きというか…、でも、なんだか楽しそう。

いきさつ

いったい、どんな目的で日本を目指すことにしたのでしょう?

1926年のこと、つまり大正15年の話しですが、ポーランドの首都ワルシャワから日本まで、飛行機で飛んできたポーランド人がいたそうなのです。操縦士のオリンスキー氏(Bolesław Orliński)と整備士のクビアーク氏(Leon Kubiak)の二人は、フランス製のブレゲー19(Breguet 19 A2)という単発機で日本の所沢飛行場まで飛行してきました。このブレゲー機は高速で、当時は長距離飛行に多く使われたそうです。当時の新聞は、1万キロの距離を10日間で飛行したと報じています。

日本に到着して大歓迎を受けた二人でしたが、帰路では複葉の左下翼が損傷し、プロペラにも亀裂が入るなどして途中で緊急着陸したそうです。ところが、なんと反対側の下翼を短く切ってバランスを取るという方法で処置し、プロペラも接着剤と針金で応急修理して、無事にポーランドまで戻ったということです。往復に要したのは、8月27日~9月25日の約1か月。今ではありえない修理方法ですが、それぐらいの発想と度胸がなければ、往復22,600 km、121時間16分もの冒険飛行を成功させることはできなかったのでしょう。

その英雄たちの旅を再びたどろうと、コペルスキー氏(Romuald Koperski)を軸にチーム12名が動き出したのです。その記事THE first NEWS, “Pilots recreate epic 1926 flight from Warsaw to Japan and BACK in 1940’s biplane” MAY 30, 2019を読んで、機体に描かれた二人の顔と名前の意味が分かりました。

▲出典:facebook “AN-2 Lot do Tokio

  • BOLESŁAW ORLIŃSKI  1926
  • ROMUALD KOPERSKI  2019

今回の使用機材は当時とは異なるアントノフ An-2 で、単発の複葉機という点ではブレゲー機と似ているとも言えます。とはいっても、ブレゲー19は身体むき出しの2人乗りでしたが…。An-2 はチームで交代しながら飛行することにし、往復2万4千キロ、飛行時間200時間の旅を開始したのです。

==== へつづく ====

コメント

  1. アバター イカゴロ より:

    待ちに待ったAn-2の記事ですネ。思い出深く読ませていただきました。本件は、日本でのハンドリング担当者S氏からの連絡でスタートし、やぶ悟空さんにとっても、日本に来る来ないと無駄足を踏みつつ翻弄され続けたAn-2の来日冒険飛行でした。我々共通の友人である苫小牧在住ロシア人のD氏も大好きなロシア機のために孤軍奮闘、頑張りました。何やら、ついこの間のことなのに一昔前の出来事のように感じてしまいます。結果は、旭川空港での勇壮なお披露目なしの散々たるものではありましたが、朝日新聞旭川支社のH氏を通して、朝日新聞社機との歴史的な繋がりを知ることができたり、ロシア人のAn-2ナビゲーターとも深く知り合うことができたなど、プラス面も多々あった航空イベントのような気がしています。この貴重なる体験を踏みながら、身近なるサハリンと北海道で、ポーランド及びロシアとの航空交流が更に広がればなどと願っています。

    • やぶ悟空 やぶ悟空 より:

      記事の不足分を完全に補っていただき、ありがとうございます。久しぶりにワクワクした航空イベントでしたね、確かに。An-2を直接この眼にすることはかないませんでしたので、自分で撮影した写真がまったくないのが残念ではあります。情報を提供してくださったみなさん、ありがとうございました。

  2. アバター 川野 より:

    すばらしい記事作成していただきまして、すごく嬉しいです!

    • やぶ悟空 やぶ悟空 より:

      久しぶりに旭川空港でお会いできて良かったです。電話で直接状況確認していただいたおかげで、みなさん大変助けられたのでは。ありがとうございました。

  3. アバター AMIGO より:

    流石にやぶ悟空さんのREPOはすばらしいです!
    留萌でUターンした理由は皆さんとお会いしたときお話します。
    9月はUKからスピットファイヤーが来る予定です。詳しいことは別途ご連絡します。

    • やぶ悟空 やぶ悟空 より:

      AMIGOさん、ありがとうございます。スピットファイアの来日とは、心踊りますね。また、情報教えてください。

  4. アバター AMIGO より:

    ちょっと可能な範囲でご存知でしたらおしえていただきたく。
    管制業務で出発・進入管制とターミナルレーダー管制の役割の境目はどのようになっているのか? 出発・進入管制もターミナルレーダー管制もともにレーダーを使用して管制しているんですよね。又、何れの管制の管制圏と進入管制区との役割範囲についての関連もお願いします。

    • やぶ悟空 やぶ悟空 より:

      「空域」で分類するのか「業務」で分けるのか、はたまた「管制機関」で考えるのかで変わるため分かりにくいと思います。正確な説明ではありませんが、私は感覚的に空域を「飛行場周辺とそれ以外」と考えています。
      飛行場周辺は「管制圏(航空交通管制圏:control zone)」または「情報圏」で、基本的には飛行場から半径9km(5nm)の円筒状の空域です。管制圏の航空機の管制を行うのは「Tower」と呼ばれる「飛行場管制業務」です。「情報圏」は「Radio」で(詳細省略)道内では稚内、利尻、紋別、中標津に指定されています。
      それ以外の空域というのが「管制区(航空交通管制区:Control Area)」で、高度の上限はありません。管制区の中でも出発・到着機の多い空域を「進入管制区」として告示し、「ターミナル・レーダー管制業務」が行われています。進入機だけでなく、名前に入っていないけど出発機の管制も「進入管制業務」です。現在では原則としてレーダーを使わない出発・進入管制はありませんから、ざっくり「進入管制業務」イコール「ターミナル・レーダー管制業務」と考えていいでしょう。

      管制空域で分けると、
      ・管制区(洋上管制区、進入管制区、特別管制区)
      ・管制圏
      ・情報圏

      管制業務で分けると、
      ・航空路管制業務
      ・飛行場管制業務
      ・進入管制業務(ターミナル・レーダー管制業務、TCAアドバイザリー業務)
      ・着陸誘導管制業務

      というイメージを私は持っています(航空局の分類とは異なりますが…)。また、管制機関で分類すると、ふだん使い慣れない正式名称が出てきて混乱を引き起こしそうなので省略します。
      AMIGOさん、こんなんで如何でしょう?