羅臼のレーダー? と 北方領土

ことし、北緯44度の旅で羅臼を訪れたとき、国後展望塔の近くに自衛隊の施設があることに気付きました。レドームのようなものが見えます。

ゲートが閉まっており、「立入禁止」の表示とともに「車路歩行禁止」とも。地図ではこの場所です。

▲ 羅臼町(地理院地図)

赤線は走行経路です。施設が置かれた山頂の標高は199.1メートル。

▲ 施設の外観

白い半球状のレドーム(レーダーアンテナを覆うカバー)らしきものの中には何が入っているのでしょうか? たぶん、アンテナには違いないのですが、レーダーアンテナだとしたら小型のものでしょう。ドームの形状から航空用レーダーではなさそうですが、船舶の監視用か何かのレーダーでしょうか?

鉄塔に横向きに取り付けられたマイクロ通信アンテナは、レーダーデータの伝送にも使用できそうです。でも今なら光ケーブルで送るでしょうから、マイクロ回線はバックアップかも。鉄塔には受信用アンテナがいくつか見えています。

▲ ゲート脇のアンテナ

ゲートの傍に立つ鉄塔にも、垂直偏波の指向性アンテナが取り付けられていました。

Googleマップで上から見ると、こんな施設です。

▲ Googleマップ

どうやらここは、「陸上自衛隊 北部方面情報隊 第302沿岸監視隊 羅臼分室」のようです。第302沿岸監視隊は釧路駐屯地にあり、羅臼に近い標津町に標津分屯地を置いて根室海峡の警戒・監視にあたっているそうなのです。羅臼の対岸は北方領土の国後島ですからね。(出典:ウィキペディア「北部方面情報隊」、「沿岸監視隊(陸上自衛隊)」、「標津分屯地」)

マイクロ通信アンテナは、羅臼分室標津分屯地を結ぶ回線のようです。標津分屯地内にも羅臼方向を向いたマイクロ通信アンテナが見え、40kmという手ごろな通信距離です。(Googleマップ による)

北方領土

▲ 北方領土の人口(地理院地図に加筆)

北方領土を意識していると思われる羅臼レーダー(?)ですが、改めておさらいしておきましょう。北方領土というのは、面積が広い順に、択捉島(えとろふとう)国後島(くなしりとう)色丹島(しこたんとう)および歯舞群島(はぼまいぐんとう)のことです。終戦当時これらの島々に住んでいた人々の人口を調べてみると、羅臼に近い国後島と根室に近い歯舞群島で7割以上を占めていました。島の面積と人口は比例していなかったンですね。小さな島々が集まった歯舞群島の人口が、択捉島色丹島を併せた人口より多かったとは…。(人口は 独立行政法人 北方領土問題対策協会による)

爺爺岳

北方領土の国後島には、爺爺岳(ちゃちゃだけ)があります。釧路航空路監視レーダーは、爺爺岳を基準点のひとつに設定していました。レーダーが捉えるターゲットの方位と距離を校正するための固定目標です。標高1772メートルの北方領土最高峰は釧路レーダーからの距離200km、その山頂で反射してきた電波がレーダー保守用スコープ上でポツンと光ります。その映り具合によって、レーダー機器の調子や電波伝搬の状態さえも把握できたものです。

その爺爺岳の標高が「1822m」と記載された資料がネットにはあふれています。しかし、現在この標高は正しくありません。この数値は大正時代に測量された標高値で、国土地理院の地図でも2012年(平成24年)ごろまでは使われていました。戦後、北方領土には立ち入ることができず現地測量ができなかったため、以前の測量データをそのまま使っていたのでしょう。

爺爺岳 1822 と書かれた 20万分1地勢図(1971年8月30日、国土地理院発行)

その後、JAXAが打ち上げた陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)に搭載された合成開口レーダー(PALSAR)によって地表面の起伏の観測を行い、それまで無かった北方領土の2万5千分1地形図を作成し発行(2012年12月1日)することができたのです。この衛星搭載レーダーの高精度な観測により、爺爺岳の標高が 1822 m から 1772 m に修正されました。-50 m という、ずいぶん大きな修正となりましたが、1973年に起きた大噴火の影響があったのかもしれません。

  • ALOS : Advanced Land Observing Satellite、陸域観測技術衛星
  • JAXA : Japan Aerospace eXploration Agency、宇宙航空研究開発機構
  • PALSAR : Phased Array type L-band Synthetic Aperture Radar、フェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダー

爺爺岳 1772 と修正された 現在の地形図(地理院地図より)

等高線でお気付きのように、爺爺岳はきれいな二重火山です。赤枠内を拡大した図を次に示します。

▲ カルデラ内側の拡大図(2万5千分1地形図、2012年12月1日、国土地理院発行)

ネットの写真を見ると、「世界で最も美しい二重火山の一つと呼ばれる」(内閣府)と紹介されるのも、うなずける気がします。

この山が釧路航空路監視レーダーの固定目標として適していたのは、標高1500メートル以上に「小富士」があるからです。低仰角への発射を抑えた(シャープカットオフ特性アンテナの)レーダー電波が、適度に遠方にある小さく急峻な山頂部で反射し、山全体がべったりと表示されることなく小さな点として写ります。基準にするポイントの方位と距離を正確に測るには、保守用レーダースコープに写る点は小さい方がいいのです。(管制官が見るレーダー画像では、山などの固定目標を消去するMTI機能を働かせて山間地の上空を飛行する航空機を識別しやすくしていました。MTI : Moving Target Indicator、移動目標表示

おわりに

羅臼で見かけたレーダーらしきもののハナシから、航空路監視レーダーの固定目標が国後島にあったこと、さらには人工衛星に搭載した合成開口レーダーで爺爺岳の標高が修正されたことにまで飛んでしまいました。ひとくちに「レーダー」といってもとても多様です。嫌われがちな交通取締りレーダーもありますが、現実には多くのレーダーが人々の生活を陰ながら支えているのです。

一方、北方領土の返還交渉は、かなり高齢となっている元島民を時折ぬか喜びさせつつ、実際には遅々として進んでいないようです。長い時間軸での対応を覚悟する必要があるのでしょうが、尖閣諸島といい、竹島といい、領土が絡む問題解決への道筋に光は見えていません。

※ 特記のない写真は、2019年9月、やぶ悟空撮影