陸上自衛隊は、今年2月5日夕方に墜落したAH-64Dヘリコプターの航空事故について、5月28日にニュースリリースを出しました。
事故原因
その中の「概定した事故の原因」から引用すると、次のとおりです。
(略)当該機のメイン・ローター・ヘッドの主要構成品であるストラップ・パック(略)とメイン・ローター・ブレードを接続するアウトボード・ボルトが破断し、その後、その影響を受けたストラップ・パックが破断したことにより同パックと接続するブレードが機体から分離して、揚力を失い墜落したものと概定
「詳細」として、次の記述があります。
- 飛行中にNo4メイン・ローター・ブレードとストラップ・パックを接続するアウトボード・ボルトが破断
- アウトボード・ボルトとアウトボード・ナットの間に約6ミリの間隔が発生
- ストラップ・パックを構成する各ラミナ(薄い鋼板)間に間隙ができ、各ラミナに不均等に力がかかったため、遠心力に耐えられなくなったラミナが破断
- No4メイン・ローター・ブレードがメイン・ローター・ヘッドから分離し、機体は揚力を失って自由落下となり墜落
原因になった部分の構造が複雑であり、それを説明するための専門用語が多いので、文字だけで理解するのは容易ではありません。そこで図を用意しました。ベースにさせていただいたのは、ネットで入手できる当該機の各種マニュアルや訓練資料などの図で、色付けをし、文字・矢印を書き加えました。
2月10日の記事「アパッチ、墜落!」の図と写真もご参考に。
(↑)「メイン・ローター・ブレード」と、その付け根付近にある「メイン・ローター・ヘッド」
(↑)「メイン・ローター・ヘッド」と、V字型の「ストラップ・パック」、(2月10日の記事「アパッチ、墜落!」の図)
陸自のwebサイトやニュースリリースには見当たりませんが、報道各社には写真や動画が提供されたようです。それをベースにして書き加えたものがコレ。
(↑)「ストラップ・パック」と「アウトボード・ボルト」(ストラップ・パック外側ボルト)、陸上自衛隊提供の画像をベースに使用
(↑)「ストラップ・パック」
ストラップ・アセンブリの写真をここで見つけました。「ストラップ」は「薄くて細長い物」という意味です。0.014インチ(約0.36mm)の薄いステンレス鋼22枚を重ねてパック(束)と言うようです。「ラミナ」”laminar”は「薄板状の」という形容詞です。名詞は「ラミネート」。
(↑)4つの「ストラップ・パック」
メイン・ローター・ブレードの大きな遠心力による荷重(Centrifugal Load)を支えながらも、ブレードのピッチ変化(Feathering Motion)やフラッピング(Flapping Motion)に対応するため、このような薄板を重ねて曲がったりねじれたりする柔軟な構造になっています。内側2か所、外側は1か所のボルトで取り付けられます。
「アウトボード・ボルト」とは?
直接の事故原因と考えられている「アウトボード・ボルト」は、「Main Rotor Strap Pack Outboard Bolt」が正しい表現かと思います。TM(Technical Manual)にはそう書かれている部分がありますので…。「主回転翼を支えるストラップ・パックを固定する外側ボルト」という意味でしょう。「custom-machined steel bolt/nut」と説明される、特殊な中空ボルトのようです。
(↑)これらの図から「アウトボード・ボルト」をイメージできそう。
このボルトの材質は「PH13-8Mo」という「高強度析出硬化系ステンレス鋼」だそうで、航空機用部品としての規格が定められています。中空ボルト中心を通るヒンジ・ピンで固定され、そのピンの上下をベアリングで挟む構造になっています。
サイズは、報道によれば「直径約7センチ、長さ約6センチ、厚さ約7.5ミリ」とされ、「中央付近で上下に割れ、6ミリの隙間ができていた」ということです。陸上自衛隊が提供したという写真がコレ(↓)。
(↑)厚さ約7.5ミリ、隙間が6ミリとすれば、破断した部分は中央付近ではなく、ボルトの下部付近か?
ヒンジ・ピンを抜き取った状態に見えますが、ヒンジ・ピンが「アウトボード・ボルト」を固定するので、ヒンジ・ピンも一緒に破断したか損傷したのではないかと思います。
このボルトの破断部分に挟まっているように見える光沢のある金属は、引きちぎられた「ストラップ・パック」のステンレス薄板の一部でしょうか?
(↑)陸上自衛隊が報道各社に提供した動画から作成したGIFアニメ
トリガとなった「アウトボード・ボルト」の破断状況はよく見えませんが、緑色の「ストラップ・パック」が破断する様子は分かりやすくなりました。ストラップ中央付近で破断したようになっていますが、陸上自衛隊が提供したという写真(↓)を見ると、
「ストラップ・パック」内側の、ハブに取り付けられた2か所のボルト穴部分で破断しているようです。引きちぎられるときは通常そうなるでしょう。
ストラップ・パックとしては大きな引っ張り荷重に耐えられるでしょうが、破断したアウトボード・ボルトの隙間にストラップが挟まると不均一な荷重が個々の薄板に加わり、ローター・ブレードの遠心力に耐えられなくなったということのようです。
調査は終了?
今回のニュースリリースは「中間報告」と報道されていますが、陸上自衛隊としての航空事故調査は、おそらく実質的にはこれで終了ということになるでしょう。
「今回の事故は、操縦士の操縦及び整備員の整備に起因するものではなく、…」と結論付け、陸上自衛隊には責任がないことを明確にしました。今後の調査の焦点は「アウトボード・ボルト」の破断原因の解明ですが、これは米国の製造者でなければほぼ不可能で、高度な専門的知識が必要な、企業秘密に属する作業です。
この佐賀事故の2か月後、今年4月に、米陸軍はAH-64Eヘリコプターについて「安全性に重要な部品の耐久性に信頼を持てない」として調達を中止したようです。その部品とは「ストラップ・パック・ナット」で、夏には改良部品を提供できる見通しということです。(Defense News, April 19, 2018)
このニュースの「ストラップ・パック・ナット」とは、佐賀事故の原因とされる「ストラップ・パック・アウトボード・ボルト」を固定するための「ナット」のことと思われ、ほぼ同じ部位と言っていいでしょう。原因は、corrosion(腐食)、aggressive wear(侵攻性の摩耗)、tear(断裂)とされ、ここまで見てきたように特殊なボルト/ナットなので同じ製造者によるものと考えられます。
特殊な部品の設計・製造に当たっては、多角的に検討がなされ、多くの実験や試験が行われたことでしょう。それでも結果的に十分とは言えなかったのかもしれません。改良部品が供給されるにはまだ時間がかかるのかもしれませんが、大きな犠牲を払ってしまいました。
※ 2月10日の「アパッチ、墜落!」記事の「原因は?」に、「部品の製造上の不具合? 別々の2枚のブレードが分離していることから、それも考えにくいでしょう。」としましたが、誤りだったようです。メイン・ローター・ブレード1枚を固定する部品(特殊ボルト)1個が破断したことをきっかけに、そのブレードが機体から分離して、バランスが崩れた残り3枚のブレードが次々と分離又は損傷したというシーケンスのようです。熟慮が足りないままの記述で誤解を与えたりご迷惑をおかけしたなら、ここにお詫びいたします。
コメント
ボルトが割れたという写真と断面図がどうも一致しない。
ボルト付近で破断したストラップパックがついてるブレード側の写真は、分離した2本目の物だと思います。(一連の事故写真から推測)
ひろしさん、コメントありがとうございます。
ボルトが割れた写真は、ベアリングとヒンジピンが外れた状態のように思いますが、確かに断面図と少し違っているようです。正確な図ではないのかもしれません。
また、最後の写真(破断したストラップ・パック)は最初に分離したブレードではなかったようです。私の勘違いでした。「アパッチ、墜落!」記事の「報道写真から」で最初に取り上げた写真が、どうやら最初に分離したブレードのようですね。
細かいところまで注意深く見てご指摘いただき、感謝いたします。
初めまして。
私はRCヘリ自作してな飛ばしておりますが。
いやはや、
これだけ複雑な、ローターグリップヘッド周り、しろーと的客観的に拝見させて頂いますが、ストラップパックなどと言う、柔軟性を備えたパーツ。
金属である以上は、経年変化による、金属疲労など、破断テストなど繰り返してるとは思うますが。
温度変化など、金属疲労を過度に促す温度変化も、関係してる様な気がします!
しろーと目で、申し訳有りません。
楽しく拝見させて頂きました。
RCヘリ自作とはスゴいですね。作って飛ばす、あるいは作って自分で飛ぶのが航空機を理解する一番の方法だろうと思います。
としろうさん、コメントありがとうございました。
1富士重工業(現スバル)が購入した中古部品は、どこから購入したのか?
2誰が、何時間使用した部品なのか?
3その部品について、当初あった不具合の内容と修理した業者名は?
4欠陥ボルトの製造企業名は?
5購入価格は?
6新品の価格は?
いずれの疑問も、内部のそれに近い担当レベルでなければ知りえない情報のように思われます。ネット情報ぐらいしか入手できない私には、とても分かりそうにありません。