アントノフが来るって?

==== からのつづき ====

Uターン

ユジノサハリンスクから離陸した An-2SP-AOM は、稚内上空を通過して南下を続けています。

▲AIPのエンルートチャートに加筆

稚内VOR/DME(WKE)から磁方位192°で千歳VOR/DME(CHE)に向かう V1ルートのMEAは9,000 ftです。IFRフライトでなくても、VOR/DMEの電波を確実に受信するにはMEAの高度が必要です。その経路上、WKEから103 nm地点のウェイポイント RUMOI で左旋回し、磁方位103°でMEA 7,000 ftを維持して30nmほどで旭川空港の上空に着きます。

    • AIP: Aeronautical Information Publication、航空路誌
    • DME: Distance Measuring Equipment、距離測定装置
    • ft: feet、フィート
    • IFR: Instrument Flight Rules、計器飛行方式
    • MEA: Minimum En-route Altitude、最低経路高度
    • nm: nautical mile、海里
    • VOR: VHF Ominidirectional radio Range、超短波全方向式無線標識施設

▲留萌上空の An-2 (SP-AOM)。28日13:37

留萌から内陸に入って旭川空港に向かう予定です。ところが…

▲留萌上空でUターンした An-2 (SP-AOM)。28日13:50

あれれ? 引き返しはじめたようです。このとき北海道の内陸は雲がかかっていたのでVMCを維持できないと判断したのでしょうか?

    • VMC: Visual Meteorological Condition、有視界気象状態

入国手続きや給油手配など、依頼を受けて準備を整えていた日本側の担当者は、度重なる計画の変更に神経をすり減らしていました。日本の空を南下する An-2 のGPS航跡を確認しつつ、やっと…と期待しただけに、Uターンした An-2 を見送る落胆はいかばかりか…。

チャレンジャー

しばらくはサハリンで再チャレンジの可能性を探っていたと思いますが、7月10日、An-2 はハバロフスクへと針路をとり、帰路についたようでした。アントノフ An-2 の車輪が日本の滑走路に接地することはありませんでしたが、確かに日本の空を飛行することはできました。これで、ポーランドから日本まで飛行したと見なしたのでしょう。

facebook “AN-2 Lot do Tokio” より

このポーランド語のGoogle翻訳は、「今日、AN-2 SP-AOMチームはワルシャワでフィニッシュラインに到達しました。 思い出させていただきましたが、それは93年前にこの素晴らしい偉業を成し遂げた Bolesław Orlinski を記念したフライトでした。 クルー全員のおめでとうございます。」です。無事にワルシャワまで戻ったようですね。チームのみなさんは、5月29日の出発から7月24日到着までの約2か月間、アントノフ An-2 とともに充実した時間を過ごしたことでしょう。

AN-2 lot do Tokio(東京行きAn-2フライト)チーム・リーダーと思われるコペルスキー氏は「traveller」と紹介されていますが、ただの旅行者じゃなさそうで冒険家か探検家と言った方がいいのかもしれません。シベリアガイド、自動車によるシベリア横断のパイオニア、執筆家、ジャーナリスト、写真家、ダイバー、そしてピアニストなどと紹介されており、実にアクティブな60代のようです。ところが今回のフライト中に体調を崩したそうで、残念ながら往路の途中でいったん降機したらしいと聞きました。

それにしても、オリンスキー氏らがポーランド~日本の往復飛行を行った 1926年は、「翼よ! あれが巴里の灯だ」で知られるリンドバーグがニューヨーク/パリ間の無着陸大西洋横断飛行(1927年5月)にチャレンジする前の年です。今から93年も前の、GPSどころか航法用の無線施設すらない時代に、シベリアを横断して極東の日本まで飛んできたオリンスキー氏は、トンデモない冒険野郎だったに違いありません。

…と思っていたのですが、それより前の 1925(大正14年)、日本からヨーロッパへ飛行した2機のブレゲー19があったンだと! 朝日新聞社の「初風(はつかぜ)」と「東風(こちかぜ)」です。それぞれの機に2名が搭乗し、7~10月の約3か月をかけて、モスクワ、ベルリン、パリ、ロンドン、ブリュッセル、ローマを空から訪れ帰還したそうなのです。これもまた、すごいことをやっていたンですね。

この時代には、さまざまな空の記録ラッシュが続いています。ライト兄弟が世界初の動力飛行に成功した1903年から20年あまりの間に、飛行機の性能や信頼性が大きく向上していたことを示しているようです。もちろん、その後も改善の努力が続けられ、積み重ねられてきた経験が現代の空の安全を支えることにつながっているのでしょう。

アントノフが来るって?」おわり

コメント

  1. イカゴロ より:

    待ちに待ったAn-2の記事ですネ。思い出深く読ませていただきました。本件は、日本でのハンドリング担当者S氏からの連絡でスタートし、やぶ悟空さんにとっても、日本に来る来ないと無駄足を踏みつつ翻弄され続けたAn-2の来日冒険飛行でした。我々共通の友人である苫小牧在住ロシア人のD氏も大好きなロシア機のために孤軍奮闘、頑張りました。何やら、ついこの間のことなのに一昔前の出来事のように感じてしまいます。結果は、旭川空港での勇壮なお披露目なしの散々たるものではありましたが、朝日新聞旭川支社のH氏を通して、朝日新聞社機との歴史的な繋がりを知ることができたり、ロシア人のAn-2ナビゲーターとも深く知り合うことができたなど、プラス面も多々あった航空イベントのような気がしています。この貴重なる体験を踏みながら、身近なるサハリンと北海道で、ポーランド及びロシアとの航空交流が更に広がればなどと願っています。

    • やぶ悟空 より:

      記事の不足分を完全に補っていただき、ありがとうございます。久しぶりにワクワクした航空イベントでしたね、確かに。An-2を直接この眼にすることはかないませんでしたので、自分で撮影した写真がまったくないのが残念ではあります。情報を提供してくださったみなさん、ありがとうございました。

  2. 川野 より:

    すばらしい記事作成していただきまして、すごく嬉しいです!

    • やぶ悟空 より:

      久しぶりに旭川空港でお会いできて良かったです。電話で直接状況確認していただいたおかげで、みなさん大変助けられたのでは。ありがとうございました。

  3. AMIGO より:

    流石にやぶ悟空さんのREPOはすばらしいです!
    留萌でUターンした理由は皆さんとお会いしたときお話します。
    9月はUKからスピットファイヤーが来る予定です。詳しいことは別途ご連絡します。

    • やぶ悟空 より:

      AMIGOさん、ありがとうございます。スピットファイアの来日とは、心踊りますね。また、情報教えてください。

  4. AMIGO より:

    ちょっと可能な範囲でご存知でしたらおしえていただきたく。
    管制業務で出発・進入管制とターミナルレーダー管制の役割の境目はどのようになっているのか? 出発・進入管制もターミナルレーダー管制もともにレーダーを使用して管制しているんですよね。又、何れの管制の管制圏と進入管制区との役割範囲についての関連もお願いします。

    • やぶ悟空 より:

      「空域」で分類するのか「業務」で分けるのか、はたまた「管制機関」で考えるのかで変わるため分かりにくいと思います。正確な説明ではありませんが、私は感覚的に空域を「飛行場周辺とそれ以外」と考えています。
      飛行場周辺は「管制圏(航空交通管制圏:control zone)」または「情報圏」で、基本的には飛行場から半径9km(5nm)の円筒状の空域です。管制圏の航空機の管制を行うのは「Tower」と呼ばれる「飛行場管制業務」です。「情報圏」は「Radio」で(詳細省略)道内では稚内、利尻、紋別、中標津に指定されています。
      それ以外の空域というのが「管制区(航空交通管制区:Control Area)」で、高度の上限はありません。管制区の中でも出発・到着機の多い空域を「進入管制区」として告示し、「ターミナル・レーダー管制業務」が行われています。進入機だけでなく、名前に入っていないけど出発機の管制も「進入管制業務」です。現在では原則としてレーダーを使わない出発・進入管制はありませんから、ざっくり「進入管制業務」イコール「ターミナル・レーダー管制業務」と考えていいでしょう。

      管制空域で分けると、
      ・管制区(洋上管制区、進入管制区、特別管制区)
      ・管制圏
      ・情報圏

      管制業務で分けると、
      ・航空路管制業務
      ・飛行場管制業務
      ・進入管制業務(ターミナル・レーダー管制業務、TCAアドバイザリー業務)
      ・着陸誘導管制業務

      というイメージを私は持っています(航空局の分類とは異なりますが…)。また、管制機関で分類すると、ふだん使い慣れない正式名称が出てきて混乱を引き起こしそうなので省略します。
      AMIGOさん、こんなんで如何でしょう?