運輸安全委員会は、百里飛行場(茨城空港)で発生した滑走路誤進入の重大インシデント調査を開始しました。「また百里で」と「発生は8月」に驚き!
(写真は新千歳空港のイースター航空ボーイング737-800型機、HL8342)
茨城空港
「茨城空港」といわれる「百里飛行場」は軍民共用で、2700×45(m)の平行滑走路が2本あります。東側の滑走路03R/21Lは、首都防衛の要ともいわれる空自百里基地の戦闘機が発着するため耐火性に優れたコンクリート舗装になっています。そのすぐ西側に建設された平行滑走路03L/21Rは主に民間機が使用し、一般的な滑走路と同じアスファルト舗装です。ターミナルビルも西側にあるので、東側が自衛隊エリア、西側が民航エリアと考えればいいでしょう。
日本で航空事故や航空重大インシデントを調査するのは「運輸安全委員会」という国土交通省の組織(英語で JTSB)です。そのJTSBの「新着」情報としてwebサイトに掲載されたのが、これ。
▲ 新着情報(運輸安全委員会webサイト)
「百里飛行場」で「使用中の滑走路への着陸の試み」があったの? JTSBが調査を始めたばかりですが、原因に思い当たるフシがありました。
白い滑走路
▲ 百里飛行場・茨城空港(Googleマップ)
Googleマップの写真でお気付きのように、滑走路は舗装(アスファルトまたはコンクリート)によって見え方が大きく変わります。アスファルト舗装は黒っぽいのですが、コンクリート舗装は白く見えるのです。思い当たるフシ、というのはこのことです。パイロットは白くて見つけやすい滑走路03Rに誤って進入したのでは?
JTSB発表の「概要」は次のとおりです。これ以上の詳細は、JTSBからは出ていません。
▲ 概要(運輸安全委員会webサイト)
登録記号HL8052のボーイング737型機が、これによると「指示された西側滑走路ではなく、車両が存在する東側滑走路に着陸を試みた」とあります。西側滑走路は「03L」、東側滑走路は「03R」のことです。やはり、そうでしたか。「復行」、つまりゴーアラウンドしたので幸い大事に至らず、重大インシデントで収まったといえるでしょう。
私が「また百里で」と思ったのは、5年前にも百里飛行場に着陸しようとしたセスナ機が滑走路を誤認した事例があったからです。そのときも、滑走路03Lに着陸すべきところを03Rに着陸しようとしたのです。管制の指示でゴーアラウンドし、事なきを得ました。
▲ 百里飛行場での類似事例、2014年(運輸安全委員会webサイト)
JTSBは調査報告書で「平行滑走路の視認性の差」を指摘しています。Googleアースで見てみると、こんな感じです。
▲ 百里飛行場の滑走路03遠方から(Googleアース)
▲ 滑走路03Lと03Rの進入端付近(Googleアース)
アスファルト舗装とコンクリート舗装で視認性がこんなにも異なるンですね。
それにしても、滑走路の見え方に差があるという理由だけで滑走路を間違えるでしょうか? ほかにも何か要因があったはずです。AIPを見ると、ILS(計器着陸装置)は滑走路03Rにしか設置されていませんから、当該機は当時 VOR RWY03L進入だったのでしょう。VOR進入だと滑走路の磁方位026°に対し、磁方位023°で進入することになります。わずか3°の方位差ですが着陸直前に滑走路方位にきっちりアラインさせる必要があります。
一部報道の飛行場気象(※1)によれば、風は弱いものの一時雨がぱらついたようです。視程は良いのですが、高さ1,200~1,500フィート以上でBKN(空全体の5/8~7/8を覆う)の雲でしたから、Visual Approach(IFRのまま飛行場を視認しながら進入)ではなかったハズです。
(※1)METAR/SPECI :
RJAH 220700Z VRB01KT 9999 FEW020 BKN150 BKN230 28/22 Q1009 RMK 2CU020 5AC150 A2980=
RJAH 220728Z 33003KT 280V050 9999 -SHRA FEW015 SCT080 BKN120 27/23 Q1009 RMK 2CU015 3AC080 7AC120 A2980=
なぜ3か月以上?
JTSBの新着情報を見て驚いたのは、この事案が「令和元年8月22日に」発生したということ。JTSBが12月9日に公表した時点で発生から3か月半以上も経過しています。数週間から1か月ほどならまだしも、こんなに長期間の空白はどうして? おそらく航空局は、事実関係の確認に時間を要した、とでも言うのでしょうが…。
(誤解が多いのですが、「航空事故」や「航空重大インシデント」に該当するか否かを判断するのは、運輸安全委員会ではなく 航空局です。航空局の判断を受けて、該当する場合には運輸安全委員会が調査を行います。)
思うに、この事案が重大インシデントに該当するという認識が、パイロット、運航者、管制機関などの関係者になかったのではないでしょうか。重大インシデントに当たる事態を示す航空法施行規則第166条の4を見ると、その第2号に
「閉鎖中の又は他の航空機が使用中の滑走路への着陸又はその試み」
とあります。滑走路クローズ中だったり、滑走路上に航空機がいた場合には重大インシデントに該当しますが、この事案で滑走路上にいたのは「車両」なので該当しないと考えたのかもしれません。でも、同第17号には
「前各号に掲げる事態に準ずる事態」
となっているのです。つまり、滑走路上に存在するのが「航空機」でなく「車両」だったとしても同じように危険なので重大インシデントとして扱う、ということになるでしょう。JTSBの新着情報で「他の航空機が使用中の滑走路への着陸の試みに準ずる事態」となっているのはそういうことだと思いますが、はたして関係者に十分理解されているのか疑問です。
この条文の適用には、ほかにも難しい点があります。「着陸の試み」をどう解釈するか、ということ。滑走路に接地する直前まで進入していれば「着陸を試みた」と判断できるかもしれませんが、まだ数マイルも遠方だったとしたら「進入を継続していた」だけであって「着陸を試みた」とは言えないでしょう。
百里飛行場へのVOR進入を例にとると、「VOR RWY03L」も「VOR RWY03R」もまったく同じコース取りで、百里VORTAC(HUC)に向かって023°で進入することになっています。FAF → VDP → MAPt と進入中、どこまで接近していたら「着陸の試み」になるのか航空局は明確にしていないハズです。個別の異なる状況があるので画一的な線引きの難しさは理解しますが、少なくとも「重大インシデントに該当する」と判断したのなら、その判断の根拠を明らかにする必要があります。それも再発を防止するための大きな一助になるはずですから。
このように何かと判断の分かれる「滑走路誤進入」事案なので、関係者同士であれこれ揉めているうちにも当該機の運航は継続され、最も客観的な証拠である発生当時のフライトレコーダー(FDR、CVR)の記録が上書きされて消えてしまうことが多いのです。航空管制レーダーの航跡データや管制交信の音声も保存期間が1か月ですから、8月の発生なら記録は残されていないでしょう。「モリトモ」や「サクラ」で聞いたような「記録がない」「すでに消去した」ハナシですが、レーダー航跡と管制交信の記録は以前から通常1か月保存というルールなのです。時間が経てばパイロットの記憶も曖昧になり、発生から何か月も経ってから調査を行うのは非常に大変というだけでなく、調査の確度や精度が低下してしまう恐れがあります。
おわりに
誤進入にとどまらず、誤着陸することもあります。2007年には秋田空港の平行誘導路上に着陸してしまった大韓航空のボーイング737型機がありました。誘導路上に障害となる物がなかったので事なきを得ています。このときはVOR進入の方式やヘッドアップ・ディスプレイの使用と横風の関係など、複数の要因が絡んでいたことが調査報告書から分かります。ボイスレコーダーの記録から、パイロットは滑走路がどこなのか曖昧なまま進入を継続していたようです。いけませんねぇ。
今回の百里飛行場への滑走路誤進入がどういう状況で発生したのか、追って明らかにされるでしょう。ここで触れたことなども含め、JTSBの調査結果を待ちたいと思います。
残り少なくなった令和元年、12月18日にチェジュ航空が、今回の滑走路誤進入を起こしたイースター航空を買収すると発表したそうです(いずれも韓国LCC)。日韓関係の冷え込みによる訪日客の減少は、日本だけでなく韓国の航空会社にとっても業績の悪化という影響が少なからずあるようですね。
※ 冒頭 および 文末の写真は、重大インシデント発生からちょうど4か月後(2019年12月22日)に新千歳空港で、やぶ悟空撮影 (同型式の737-800ですが、当該機ではありません)
(この記事で使用した略語など)— アルファベット順
- AIP : Aeronautical Information Publication、航空路誌
- BKN : Broken、ブロークン
- CVR : Cockpit Voice Recorder、操縦室用音声記録装置
- FAF : Final Approach Fix、最終進入フィックス
- FDR : Flight Data Recorder、飛行記録装置
- IFR : Instrument Flight Rules、計器飛行方式
- ILS : Instrument Landing System、計器着陸装置
- JTSB : Japan Transport Safety Board、運輸安全委員会
- LCC : Low-cost Carrier、格安航空会社
- MAPt : Missed Approach Point、ミストアプローチポイント
- RWY : Runway、滑走路
- TACAN : UHF Tactical Air Navigation aid、タカン
- UHF : Ultra High Frequency、極超短波
- VDP : Visual Descent Point、目視降下点
- VHF : Very High Frequency、超短波
- VOR : VHF Omnidirectional radio Range、超短波全方向式無線標識
- VORTAC : VOR and TACAN combination、ボルタック