群馬、ヘリ事故から

2年前の夏、群馬県の消防防災ヘリコプター「はるな」、ベル412EPJA200G)が山中に墜落しました。搭乗していた9人全員が死亡という痛ましい事故の調査報告書(2020年2月27日公表)を読んでみます。(冒頭の画像は墜落3秒前、航空事故調査報告書より)

事故は起きた

事故が発生した2018(平成30)年8月10日は、金曜日でした。翌11日「山の日」に開設される「ぐんま県境稜線トレイル」の調査・確認のため、JA200Gは 9時14分ごろ群馬ヘリポート(前橋市)から離陸しました。途中、西吾妻福祉病院のヘリポート(吾妻場外離着陸場)で消防隊員5名を加え、計9名が搭乗して長野県境の稜線方面に向かったのです。

車だと草津温泉から国道292号を上り、国道最高地点(標高2,172メートル)を過ぎて数百メートルで渋峠です。JA200Gヘリコプターが西の方から飛行して来て 渋峠を低高度で越えたのを、地上から目撃されていました。その3分23秒後に事故が起きるのです。

JA200Gにはフライトレコーダー(FDRやCVR)が装備されていない(装備義務がない)ため、事故原因の分析は、機内に持ち込まれていたビデオカメラ3台の映像・音声や、ヘリコプター動態管理システムの機上装置に残されていたGPS航跡記録などを基に行われたようです。

  • CVR : Cockpit Voice Recorder、操縦室用音声記録装置
  • FDR : Flight Data Recorder、飛行記録装置
  • GPS : Global Positioning System、全地球測位システム

JA200Gの推定飛行航跡(JTSBの報告書を基に、やぶ悟空作成)(地理院地図に着色、加筆)

破線は対地速度60ノット未満の低速での飛行を、青の実線は60~80ノット、また赤の実線は80ノットを超えた速度での飛行を示しています。(出典は JTSB報告書 図2)

  • JTSB : Japan Transport Safety Board、運輸安全委員会

報告書によれば、渋峠上空付近で「地上施設は視認できたが、地表を覆う雲の量が増加」、約1分後には「東側の地表の一部のみが視認可能」、さらに45秒後には「右側の窓から地表の一部のみが視認可能」と、視程がどんどん悪化していく様子が分かります。そのため、機長はUターンして渋峠方向に引き返しました。反転してはみたものの前方は見えず、地表の一部が見えていた右方向(北)に旋回せざるを得なかったのでしょう。

地表がほぼ見えなくなりつつあったこのころ、機長は「空間識失調」に陥ったようです。100101秒ごろから機体の姿勢が乱れ始めました。飛行航跡図の赤矢印の部分です。運輸安全委員会は「異常姿勢となったのは、機長が空間識失調に陥ったことによるものと考えられる」(報告書54ページ)としました。報告書の記述から、機体姿勢の乱れを図にしてみました。(データの出典は報告書9~11ページ)

▲ 墜落前10秒間の姿勢変化(報告書を基に やぶ悟空作成、高度は四捨五入)

08秒に正面の視界が開けるまでの間、雲の中で左へのロールを徐々に大きくしながら機首が大きく下がって増速しながら左降下旋回をしていました。その中で機長は Force Trimを ON にする操作を行いました。報告書ではオートパイロットの「ATTモードを使用するため」と推定しています。機長は空間識失調に陥ったと認識して、“ATT”(attitude)、つまり自動操縦の姿勢保持モードでピッチとロールの姿勢を安定させようとしたのかもしれません。

▲ 斜面が見えたときの機体姿勢(報告書 11ページ)

100109秒「左側に山の斜面が視認可能となった」(報告書11ページ)とき、直ちに姿勢回復操作を始めれば助かったのでは? と、この画像だけを見たときに感じました。でも「降下率約3,000ft/min」(報告書10ページ)と、毎秒15メートルも降下する落下にも近い状態だったので…無理か。

運輸安全委員会はシミュレーターで確認したようです。初期状態は、10時01分07~08秒ごろの状態に近い

  • ロール角:-45°(マイナスは左)、ピッチ角:-20°(マイナスは下)
  • 降下率:3,000 ft/min

と設定され、対気速度は90kt、気圧高度を3,000ftとしました。

結論として、回復が早く高度ロスも少なかったのは「手動操縦」でした。約8秒間で高度300フィート(90メートル)程度を失って回復できました。自動操縦ではモードにより差がありますが、15~30秒を要して高度900~1,000フィート(270~300メートル)を失う結果となったようです。

実際に、視界が開けてから機体の異常姿勢は回復に向かいましたが、4~5秒しか猶予がない状況では間に合いませんでした。約100kt(時速約185キロ)で山の斜面に突っ込んでしまったら、ひとたまりもありません。

事故現場の標高は、報告書には数値が書かれていませんが、図2の航跡や図4の飛行高度を見ると、標高6,200~6,300フィート(約1,900メートル)付近と読み取れます。

また空間識失調

この事故の分析には、機内で撮影されていた複数の映像・音声が重要な役割を果たしたはずです。報告書内でもキャプチャ画像9枚が使われており、水平視程の悪化状況だけでなく、パネルの計器や表示ライトなどから機体の姿勢や飛行モードなど、かなり多くの情報を得ることができたことが分かります。

公表はされていませんが、動画で確認すれば機体が異常な姿勢になっていく過程が詳細に把握でき、機外の状況と併せて空間識失調に陥ったことが明らかになったのでしょう。報告書の54~56ページには、「空間識失調に陥った要因」や「…対処」、そうならないための「自動操縦装置の使用」について、具体的に分析されています。

事故原因として空間識失調が疑われた事故といえば、空自三沢基地のF-35A戦闘機の墜落(2019年4月9日発生)が記憶に新しいところです。気象の問題ではなく、夜間の訓練で発生した事故でした。民間機においては運輸安全委員会のwebサイトで報告書の「空間識失調」を検索すると、2000年以降の過去20年間で7件(本件を含む)がヒットしました。そのうち5件はヘリコプター事故でした。

また、空間識失調にまでは陥らなかったとしても、視界がきかない雲中で山に衝突したという事故も多く発生しています。北海道だけに限定すると、10年前と11年前の夏の同じ日に事故がありました。

  • 2010(平成22)年7月28日に 道南の福島町で山に衝突した セスナ機
  • 2011(平成23)年7月28日に 帯広近郊の山に衝突した ビーチクラフト機

セスナ機は「地表を引き続き視認することができなくなった」にもかかわらず「機長が引き返す判断をする時機が遅すぎた」とされ、またビーチクラフト機は、訓練生に対して山岳地帯にもかかわらず雲中に入らせるなど、通常では考えられないような教官の指示があったと思われる事故です。いずれも、見えない状態なのに低高度で飛び続けていたことが要因です。それがどれほど危険なことなのか、誰にでも分かるはずです。

悪天候の中でも、救助現場に向かわなければ要救助者の生命が危うい…などという状況での引き返し判断の迷いなら心情を理解できなくもありませんが、今回のミッション「ぐんま県境稜線トレイル」の調査・確認では、視程が悪い中を危険を冒してまで飛行を継続する意味は全くなく、より早い段階での引き返しの決断が必要だったことは明らかです。

報告書を読み終えて

消防白書(消防庁)では、「この10年間で消防防災ヘリコプターの墜落事故が4件、合わせて26人が殉職する極めて憂慮すべき事態」とし、ヘリコプターが救助などに大きな成果を上げている一方で 犠牲も非常に多かったことを示しています。

▲ 消防防災ヘリコプターの配備状況(2019年10月1日現在、令和元年版 消防白書 第2-7-1図の一部分)

群馬県はこの事故で消防防災ヘリコプターが失われたため、この図では白色の、ヘリコプターを保有していない県になってしまいました。他に未配備なのは佐賀県と沖縄県だけです。(群馬県は後継機としてAW139の導入を決め、2020年12月納入予定となっている=JIJI.COM 2019.08.10)

空間識失調は、どんなベテランパイロットでも陥る可能性があり、確実に予防する方策はありません。もし陥ってしまったら自分の平衡感覚を捨て、計器だけを信じて回復操作を行わなければなりませんが、これはかなり難しいことだろうと想像できます。特に、目で見て自身の感覚で飛ばす場面が多いヘリコプターパイロットなら、なおさらかもしれません。

大事なのは、事前に十分な知識を持って空間識失調に陥りにくい飛行を心がける慎重さなのでは。つまり、もっと臆病であれ!ってことでしょう。

コメント

  1. アバター 匿名 より:

    ヘリに詳しい”やぶ悟空さん”だけあって事故調の分析能力にはいつもながら感服然りです。正に昨年の今頃、函館から車で軽井沢と須坂にいる航空関係の旧友に会いに行ったとき、関宿GPから軽井沢へと向かう途中、群馬ヘリポートへ立ち寄って当該事故で亡くな
    られた方々へと献花、記帳をしてきました。この事故では多くの優秀なる隊員が亡くなられ誠に悲惨な事故でしたので、この事故調解析を見させていただき改めて本当に心が痛み、考えさせられました。訪ねた時は平日の午前中でしたので記帳に訪れる人影は無く自分だけではありましたが、いままでに記帳された市民の方々のメッセージや寄せ書きなどをじっくりと見させていただくと、地域に根づいて救急、救難活動に日々活躍していた「はるな」消防防災ヘリの役割の大切さに心を打たれました。今後とも防災、ドクターヘリなどの安全運航を本当に願ってやみません。

    • やぶ悟空 やぶ悟空 より:

      群馬ヘリポートにも立ち寄られたんですね。ドクターヘリをはじめ、消防防災ヘリや警察ヘリなど、ヘリコプターはその特性を生かしてこれまで多くの命を救い、無くてはならない存在になっています。山岳県においては一層のこと。高い志を持ったヘリ・チームであればこそ、危険と隣り合わせの難しい局面に遭遇することも多いはずです。リスクを客観的に見分けることは容易ではありません。

      • アバター イカゴロ より:

        本当にそのとおりですネ。スイスアルプスの山岳救助隊同様に、日本の山岳県では厳しい局面での出動要請も多いと思います。朝の寝ぼけた状態でのコメントでしたので匿名となってしまいました。すいません。