ブレード・ストライク

横転したアグスタ、メインローターのブレード5枚がすっかりなくなっています。単なる不時着の失敗なのか? (写真は JTSB資料から)

何が起きた

2か月半前のこと、2月1日の朝、福島県警のアグスタAW139ヘリコプター(JA139F)が田んぼに不時着して横転しました。搭乗していたのは7人、骨折など重傷者4人が出ましたが、死者はありませんでした。

▲ 不時着場所(Googleマップに加筆)

福島県警航空隊のヘリコプター「あずま」は、臓器輸送のため、会津中央病院のヘリポートから福島空港に向かっていました。猪苗代湖の南に連なる千メートル級の山々を越えた付近が現場で、須賀川市との境界に近い郡山市側です。発生時刻は朝8時10分ごろ、郡山市内では強風注意報が出ていたと伝えられています。

操縦士の男性警部(38)は「機体が風にあおられ、不安定になった」と説明。住宅を避けて不時着させたという。(日経電子版 2020/2/1 18:59更新)

「風にあおられ」→「不安定に」→「不時着」って、どういうこと? ピンときませんが…。間に少し説明の省略がありそうです。目撃者が不時着直前のヘリコプターを撮影していました。その動画をキャプチャした写真がこれです。

▲ 接地前の挙動(Japan News の動画から)

立木を基準にして左右位置を揃えましたが、少しづつ左へ移動しながら撮影されていました。

ヘリコプターは機首が下がった姿勢でゆっくり右旋転しながら、ほぼ真下に降下しているようです。オートローテーション着陸ではないことが分かります。アグスタAW139はメインローターが(上から見て)左回転するヘリなので、テールローターに不具合が発生してアンチトルク機構がうまく働かない状態のようです。そうだとしたら、通常はオートローテーションに入れそうなものですが…。

AW139ヘリコプター(出典:Agusta Westland AW139 Type Rating Ground Course資料)

JTSBの発表から

この事故を調査している運輸安全委員会(JTSB)は、2月25日の委員長記者会見にあわせ、調査の進捗状況報告として写真入りの資料を公表しました。

▲ テールブームが破断したJA139F(JTSB資料)

不時着直前の動画にはテールブームがはっきり見て取れますので、接地した際に、または接地後に機体が暴れたときにテールブームが破断したと考えてよいでしょう。

▲ テールローター・ドライブシャフト(JTSB資料、機体の輪郭を加筆)

衝撃的な図です。この図と次の写真を見ると、飛行中にメインローターがテールブームに当たってドライブシャフトが破断したことは明らか、と言っていいでしょう。

▲ 5枚のメインローター・ブレード(JTSB資料、写真の配置を変更)

JTSB委員長の会見で、「テールローター・ドライブシャフトの破断部を覆うカウリングに穴が空いた位置は、回転中のメインローター・ブレードが下方に大きくたわんだ場合にその先端部が通過する位置と概ね一致して」いたと伝えています。

AW139のフラッピング(Agusta Westland AW139 Type Rating Ground Course資料に加筆)

つまり、こういうことです。本来、赤い破線の位置までブレードが下がってくることはないのですが、機体姿勢の急激な変化や過大な操縦操作などによってはメインローター・ブレードのたわみが過大になり、テールブームに当たってしまうことがあります。良く知られるシーソー・ローター(teetering rotors)のマストバンピングだけでなく、3枚以上のブレードの機体でも類似の事故が無いわけではありません。

こういうブレード・ストライクが発生しやすい状況のひとつに、Low-GNegative-G コンディションが挙げられます。Low-Gは気流の乱れ(タービュランス)でも生じ、ひどいときは体が浮き上がる Negative-Gになることもあるでしょう。機体が上下に揺さぶられると姿勢も変化しやすく、瞬間的に機首が下がるとテールが上がってメインローター回転面に接近します。そんなときに操縦操作が相まってローター・ブレードのたわみが過大になると非常に危険です。

JA139Fは、強風注意報が出されていた郡山地域の上空を、背後にある千メートル級の山々から吹き降ろしてくる背風を受けながら、臓器輸送中ですから速い巡航速度で飛行していたと考えられます。一般に、タービュランスに遭遇したらパワーを絞って通常の巡航速度よりも速度を落とします。高速飛行では操縦操作も敏感になり、Low-Gの影響を受けやすくなりますから…。そんな状況の中でテールブーム・ストライクが発生してしまったようです。

生還

約1.5キロメートル手前の山中に、破断したテールローター・ドライブシャフトの一部が落ちていた(JTSB)ので、その付近の上空でメインローターがテールブームをヒットしたのでしょう。

AW139のテールローター・システム(Agusta Westland AW139 Type Rating Ground Course資料の図を再配置して加筆)

ドライブシャフトが破断すれば、当然、テールローターが回転しなくなります。すると、エンジンがメインローターを回転させることにより生じる反トルクを打ち消すことができず、機体は右に回転しようとします。ある程度の高速で飛行しているうちは垂直フィン(vertical fin)の効果があるため、いきなりくるくる回ることはありませんが、問題なのは着陸時です。

速度を落とすと右に旋転し始めるので、高速で滑走着陸する方法があります。この場合は平坦で広い敷地が必要であり、田んぼでは滑走中にあぜに引っかかって無理なので、福島空港に向かうことになるでしょう。しかし、方向制御が非常に困難な状況であり、さらなる部品落下の心配もある中、須賀川市の上空を通過して福島空港に向かうのは、リスクが大き過ぎる気がします。

他の方法は、オートローテーション着陸を行うことです。降下中はローラークラッチでメインローターの回転がフリーになるのでエンジンの反トルクが生じません。ただし、接地直前にフレアをかけて降下率を抑え減速するときに機体の回転が始まり、方向制御ができません。

動画を見た限り、パイロットの決断はどちらの方法でもありませんでした。降下し減速して右に旋転しながら着陸する、という選択だったようです。目撃者の撮影が始まってから立木に隠れるまでの約7秒の間に1旋転と4分の1程度、比較的ゆっくりに見えますが、パイロットや搭乗者はかなりの回転を感じていたでしょう。こういう場合は水平を維持することが重要とシミュレーター訓練で学びましたが、映像では機首(ピッチ)が大きく下がっています。ドライブシャフトや周辺カウリングが飛散してノーズヘビーになった影響でしょうか。

立木の向こう側に消えた後は、接地直前に降下率を小さくするため、左手のコレクティブピッチ・レバーを大きく引いたはずです。そのときの挙動は撮影されていませんが、最初にノーズギヤが接地するとダイナミック・ロールオーバーが起きて機体が激しく暴れたことでしょう。メインローター・ブレードが地面をたたいて5枚ともちぎれ、テールブームが破断・分離したのは、そのときです。

▲ テールローター・ドライブシャフトを調べるJTSB調査官(出典:共同通信)

これらのシナリオは個人的な推測の域を出ませんが、このような状況の中、よくぞ1人の死者もなく生還できたものです。その点については十分評価に値すると思います。

パイロットが遭遇した事象と発生した事実、そのときの対処について、JTSBの航空事故調査官に詳しく説明してくれたものと思います。同様事象の再発を防ぐためには、報告書を通して航空業界に広く周知することが重要な責務でしょう。