スーパー・ピューマ、最後の右旋回

2017年11月8日に群馬県で起きたヘリコプター事故の調査報告書がようやく出されました。2020年4月23日に公表されるまで2年半近くかかりましたが、読むと調査に時間を要するような内容でした。(冒頭の三面図は EUROCOPTER AS332L1 Technical Data より)

事故原因

事故機はアエロスパシアルAS332LJA9672)、スーパーピューマといわれる大型ヘリコプターです。山梨県から栃木県に向かって飛行中、機体に不具合が発生して群馬県上野村に不時着しようとして墜落し、搭乗していた4名全員が死亡しました。

このブログでは、関連する報道や運輸安全委員会(JTSB)の情報提供(2017年11月21日)などを基に、複数回にわたって記事にしてきました。

待ちかねていたJTSBの調査結果を見ると、私の見立てがピント外れだった部分も多々ありました。もし、そのせいでご迷惑をおかけしたならお詫び申し上げます。

事故原因を一言でいえば、機体の点検や整備が適切でなかったことのようです。場所はテールローター・ブレード5枚のうち1枚、その取り付け部です。

AS332Lテールローター(出典:航空事故調査報告書 19ページ)

この図では水平に回転するように見えますが、実際には90°回した状態で取り付けられています。複雑で少々解りにくいですが、原因となった白ブレードの不具合箇所はこの図を見ていただくとして、JTSB報告書「4.2 原因」の表現から引用した流れは次のようになります。

  1. フラッピングヒンジ部のベアリングが損傷して固着した
  2. スピンドルボルトが破断した
  3. テールローターの回転が不均衡となって過大な振動が生じた
  4. テールローターの取付構造が破壊した
  5. テールローターが機体から分離した
  6. 操縦不能に陥った

そして、事の始めになった「ベアリングが損傷して固着」していたこと(に気付かなかったの)は、「ベアリングの損傷状態が的確に把握されず、適切な処置が講じられなかったことが関与した」とまとめられています。「関与した」と言うと何か他に要因があるようにも受け取れそうですが、実質は「…講じられなかった」ことが原因とみてよいでしょう。

具体的に「的確に把握されず、適切な処置が」なされなかった内容は、

  • 高温多湿環境に対応したグリースの再注油が行われていなかったこと
  • 定期点検整備時に交換すべきシールが交換されていなかったこと
  • グリースの顕著な汚れ振動に気付きながら探求されなかったこと
  • インナーリング粉砕という重大な不具合を発見した際の措置が不適切だったこと

などがあげられるようです。製造者が定めていた点検整備作業の周期や内容に問題がなかったのかも少々気になりますが、この事故分析結果に基づいて改善されたとのことです。

飛行航跡

パイロットはどのように対応したのでしょうか? このヘリコプターにはフライトレコーダーが搭載されていませんでしたが、山間部にもかかわらず幸い航空管制用レーダーが捕捉していたようです。

報告書の図4~6を見ると、このヘリをキャッチしていたのは山田航空路監視レーダーSSRのようです。航空路監視レーダーとしたのは周期が10秒だからで、SSRとしたのは高度情報が含まれているから。山田レーダーから事故現場までの距離は160キロメートルほど、十分カバレージ内です。もっと近くに箱根航空路監視レーダーもありますが、地形の関係で写らなかったかもしれません。

JA9672の飛行航跡(航空事故調査報告書を基に作成、地理院地図に加筆)

この飛行航跡の根拠は報告書の図5図6です。機長は巡航飛行中に何かの異常を感じて150ktから減速したのでしょう。100kt程度まで減速した高度6,500ftの位置を基準にして、そこからの経過時間をで表してみました。0秒(0s)付近では非常着陸場所を探し始めていたものと思います。

赤の実線が航空管制用レーダーで分かった航跡で、左旋回した70秒後(+70s)まで捕捉されていたようです。50秒後(+50s)の位置が外れているのは、レーダー情報処理システムの事情でしょう。直線飛行を続けるものとコンピューターが予測しているときに急旋回すると、予測位置とレーダーが捉えた実際の位置がズレて、こうなりがちなのです。そのため、この付近の(計算により求められた)対地速度は当てになりません。いったん70ktにまで減速した後に80ktまで増速したわけではなく、100kt程度から徐々に減速して左旋回した、と考えるのが自然です。

赤線に続く緑の破線は、レーダーには写っておらずJTSBが推定した飛行航跡です。目撃証言や目撃者が撮影した写真などから割り出したようです。途中の92秒後(+92s)の位置と高度(3000ft)は、当該機と地形が写っている写真を画像解析して求めたものでしょう。「+70s、4400ft」と「+92s、3000ft」の差から毎分3,818フィートの降下率が求められ、「約3,800ft/minの急激な降下を開始」と分析したようです。まるで落下のような数値ですが、ほんとかな?

高度3,000ftからまっすぐ非常着陸地に向かわなかったのはなぜでしょう? 目指した川原までの距離は約1.3km、高度が3,000ft910m)で着陸場所は標高500mほどですから、進入角は18°程度でしょう。少し高すぎると機長が感じ、左から回り込むことにしたのではないでしょうか。右側には急峻な山肌が迫り、機長(右席)が着陸場所を確認しながら進入するには、このコース取りでしょうね。報告書では「オートローテーションにより高度を処理しながら、川原に向かった」としています。

JTSBが推定した航跡の最後の部分(赤枠)を拡大したのが次の図です。

▲ 事故現場付近の拡大図(航空事故調査報告書を基に作成、地理院地図に加筆)

緑の破線は報告書の図5図6から。赤の線は報告書の付図6から。報告書の図によって推定した飛行航跡にやや差があります。送電線を超えるように回り込んだのか、目指す場所に より近いコースで接近したのか、どちらでも分析結果に大きな影響を与えることはないかもしれませんが、少々気になります。

▲ 非常着陸しようとした川原(Googleマップに加筆)

国土地理院の地図では、着陸しようとした場所の川の流れは左岸寄りに見えますが、Googleマップの写真を見ると川は右岸を流れ、狭いながらも着陸できそうな川原が中央に広がっています。右旋回でこの川原に回り込もうとしたその時、テールローターが破断し分離してしまったのです。最後の右旋回でテールに大きな負荷が加わったのでしょう。あと十数秒、テールが持ちこたえてくれたら状況は変わっていたでしょうに…。

テールローターが分離すると、重心位置が大きく前方に移動して機首が下がると同時に、メインローターの反トルクにより機体が左に旋転し始めます。急に機首が下がれば姿勢を戻そうとして機首上げ操作を行います。その操作によりメインローター回転面が後ろに傾き、持ち上がったテールブームに当たってテールを切断してしまいました。

▲ 墜落直前の状態(出典:航空事故調査報告書 50ページ)

自分が操縦していたら 絶対に遭遇したくない状況です。こうなってしまっては手の施しようがありません。報告書では「操縦によって対応することは困難であった」と推定しています。

おわりに

原因は「整備」の問題とされていますが、この事故の「整備」は単に整備士の問題ではありません。整備体制や組織としての考え方にこそ本当の原因があるはずです。航空局は運航会社に対して立ち入り検査を行って事業改善命令を出し、同社は再発防止策を講じました。運輸安全委員会は「整備」に関して運航会社に対し勧告を出しています。

定められた、あるいは自らが定めていたことを行わなかったことが死亡事故につながったとしたら、本来失われるはずのなかった生命が失われたことになり、まったく残念でなりません。