鵡川VOR/DMEサイトに ADS-Bアンテナが設置されていました。どうやら航空路WAMに使用するアンテナのようです。
ADS-Bアンテナ
▲ 鵡川VOR/DME (MKE)
苫小牧からほど近い 鵡川(むかわ)VOR/DMEの敷地内に、新たに白いアンテナが立ちました。この写真の右端です。もっと近づいて観察してみましょう。
- VOR : VHF Omnidirectional Radio Range、超短波全方向式無線標識施設
- DME : Distance Measuring Equipment、距離測定装置
▲ ADS-Bアンテナ(鵡川VOR/DMEサイト、以下同じ)
太めの白い棒状のものがADS-Bアンテナ(10 element, collinear dipole phased array)で、その上部の拡大が冒頭の写真です。米国dB Systems社製の ADS-B ANTENNA「dBs 5100A-HS/210°」となっています。この型番で調べてみました。
- ADS : Automatic Dependent Surveillance、自動従属監視、自動位置情報伝送監視
- ADS-B : Automatic Dependent Surveillance – Broadcast、放送型ADS
いちばん上の細い部分は避雷針ですね。アンテナを固定する下部のパイプには、伸ばした腕の先に2個のGPSアンテナが設置されています。
▲ GPSアンテナ
ラベルには「GPS空中線モジュール」と書かれています。マルチラテレーション(説明は後述)には、地上局の正確な位置や高精度の時刻が必要です。
▲ 銘板
ADS-Bアンテナの根本には、「WAM-14A型広域マルチラテレーション装置」と記載があります。官報を検索すると、製造(製造・設計・設置・調整)を受注したのは東芝インフラシステムズ(株)で、2020年3月が履行期限になっていました。この銘板に記されているとおりです。
- WAM : Wide Area Multilateration、広域マルチラテレーション
▲ ADS-Bアンテナ
別の角度から見上げると、このアンテナの断面形状は単純な円ではなく、長円か楕円のようになっていることに気付きました。
▲ ADS-Bアンテナ
この写真からも形が見て取れます。dBs 5100A-HS/210° の性能表を見ると、Uni-Directional(一方向)と書かれていました。膨らんだ部分に integral reflecting elements(反射エレメント)を組み込んで指向性を持たせたアンテナらしいのです。
▲ dBs 5100A-HS/210°の水平パターン
アンテナ性能表の図を基に作図しましたが、ざっくりで正確ではありません。無指向性の5100Aアンテナ(青)との比較です。-HS/210°(赤)は、前後比が 6dB以上で電力半値幅が公称 210°とのこと。その210°が型番になっているようです。
▲ アンテナベース
特に鋭い指向性を持っているわけではありませんが、主ビームの方向を見分けるための「MAIN BEAM」ラベルが貼り付けられていました。目測ですが、南~南南西を向けているようです。
▲ dBs 5100A-HS/210°の垂直パターン
ついでに垂直パターンも簡易的に作図しました(細かなサイドローブは省略)。主ビームの仰角は 3°±1°となっています。サイドローブ少なめで航空用に適した特性とお見受けしました。
航空路WAMって?
さて、このADS-Bアンテナは、どのように使われるのでしょうか? 航空路WAMについて、ごく簡単に勉強してみましよう。
「WAM」というのは、Wide Area Multilateration(広域マルチラテレーション)の略です。マルチラテレーションって、なに?という疑問が出ますよね。ここでは原理の解説を省略しますが、航空機が発射する電波を複数の地上局で受信して計算処理することにより航空機の位置を割り出すしくみ、としておきます。航空機は、SSRレーダーの質問電波に反応して応答電波(周波数:1090 MHz)を発射しています。その応答信号の一部をWAM地上局が受信して、航空機の監視に利用するのです。
主に飛行場内で航空機の位置を高精度に把握すること(空港面監視)を目的にしたマルチラテレーション装置を MLAT(エムラテ)といいますが、監視する範囲を広げたのが WAM(ワム)です。マルチラテレーションの仕組みで航空路を飛行する航空機を監視する装置が「航空路WAM」です。
- ADS-B : Automatic Dependent Surveillance – Broadcast、放送型自動位置情報伝送監視
- MLAT : Multilateration、マルチラテレーション
- SSR : Secondary Surveillance Radar、二次監視レーダー
- WAM : Wide Area Multilateration、広域マルチラテレーション
▲ 日本における監視エリア(ICAO WPより抜粋)
2018年10月にカナダでICAOの航空会議が開催されました。その会議に航空局が提出した航空路WAMの実現に関するWorking Paperを見付けました。そこにこの図が記載されています。
青い線は、日本列島全域をカバーしている現在のレーダー(SSR)覆域です。この範囲内を飛行する航空機は、基本的にレーダーで監視することができます。
図には赤い線で囲まれたエリアが重複して4か所描かれており、これが航空路WAMの監視範囲のようです。陸域の大部分をカバーします。
- Hokkaido WAM(南北海道・北東北エリア)、地上18局
- Kanto WAM(関東・南東北エリア)、地上20局
- Kansai WAM(中部・近畿・瀬戸内エリア)、地上21局
- Kyusyu WAM(九州エリア)、地上14局
<局数もWorking Paperの記載から>
鹿児島~沖縄の洋上空域はこの計画に入っていないようです。マルチラテレーションの測位原理から推測すると、島々が線状に連なっているこのエリアでは地上局配置の制限から必要な精度を得ることが難しいのでしょう。そういう空域では有効なレーダーが残されるはずです。
これらの航空路WAMが整備され、運用が始まるのはいつごろでしょうか? そのロードマップ(計画表)が同じくWorking Paperにあったので、古い年次を削除して作図し直しました。
▲ 日本における計画(ICAO WPを基に作成)
初めに Kanto WAMと Kansai WAMが2018年度までに設置されたようです。そして Hokkaido WAMが2020年度に計画されていることから、鵡川VOR/DMEサイトで見つけた新しいADS-Bアンテナは、南北海道・北東北エリアに設置される18の地上局のうちの1局なンでしょう。
そして1年後の2021年度に Kyusyu WAMが整備されると、日本の「航空路WAM」が仕上がることになるようです。
いま運用中の航空路監視レーダー(SSR)と 新たな航空路WAMをセンサーとして組み合わせて使用するマルチレーダーシステム(HARP)は、数年後には航空機が持っている情報(ADS-Bデータ)もHARPに取り込んで、航空機の監視能力の向上を図るように読み取れます。
- HARP : Hybrid Air-Route surveillance sensor Processing equipment、複合型航空路監視センサー処理装置
航空路を飛行する民間航空機を監視するツールは、ARSR/SSR、SSRモードS、航空路WAM、ADS-Bなど、どんどん進化し多様化してきています。単に位置情報の精度を向上させるだけでなくコストの削減などにも配慮しつつ、新システムに移行したり相補関係で併用したりすることになるのでしょう。グローバルな移動手段の主役である航空機は、その安全で効率的な運航を支えるシステムも国際協調の下で進化させていかなければなりませんね。
▲ 航空路WAMアンテナと鵡川VOR/DME
南北海道・北東北エリアWAMでは、むかわ町以外の17地上局がどこに配置されているのか、今のところ分かりません。これからひとつひとつ、ゆっくりと探し出す楽しみが増えたようです。
※ 写真はすべて、2020年11月、やぶ悟空撮影